亀岡のアユモドキについて

〇突然のアユモドキ保全協力の要請と経緯

平成15年に保津町の自治会に京都大学の淡水魚の専門家である岩田明久(当時、準教授)先生がお見えになってアユモドキが絶滅危惧種になったと報告を受けた。アユモドキ保全のために地元保津町の協力をお願いしたいとの旨お話があった。亀岡市の環境政策課の担当者も同席しておられ、対応したのは自治会長で私が立ち会って話を聞いた。自治会長は、私たちはあのアユモドキの生息している地域は保津町であり、町民の多くがあの地域で農業を経営しており地権者の8割が保津の人である。保津町は水害常襲地域で、毎年のように水害に見舞われてきた歴史があり、唯一まちづくりができる場所として亀岡駅に近いあの一帯を地上げしてまちづくりをしたいと町民の悲願の土地でもあり、アユモドキだけを守れというなら、自治会としてきっぱりとお断りいたします。と申し上げた。町民にとっては、人が生きていく上において、駅から3分のこの場所はこれからの保津町のまちづくりとしての夢を持っていただけに、天然記念物か何か知らないが、たかが魚であるアユモドキのためにまちづくりをしょうとする我々の構想に水を差され、制限を加えられることを恐れて協力できないと当初はお断りした経緯がある。
アユモドキ1

〇まちづくりへの町民の意思確認

亀岡市の川東地区の国営農地再編整備事業(ほ場整備)が進められている時期に、亀岡駅北周辺の農地もほ場整備の話が持ち上がった。ほ場整備する時は全員の同意が必要であることなどから農業振興協議会が中心となって地権者に意向調査をしてアンケートを取った。地権者の多くが後継者不足と機械が動く間だけとか、自分の体が動く間だけは農業できるが、今後の農業については難しいという回答がほとんどであった。ゆく末は放置田となって他に悪い影響を与える懸念の声が多かったので地権者はほ場整備よりまちづくりを考えてほしい、との意向が強かった。
アユモドキ2

〇保全するようになった理由

地元はアユモドキとまちづくりが共生するための保全というなら考えてもよいが、アユモドキだけを守れ、というのは完全にお断りした。そこで岩田先生が私たちに言われた言葉は、私たちは関東の方で、地元の協力を求めないで、自分たちの力だけで天然記念物を守ろうとしたが絶滅させてしまって失敗した苦い経験がある。だから亀岡のアユモドキは保津町の地元の協力なしでは絶対に保全できないと思っている。だから協力してほしい、と言われた。まちづくりと共生するための保全ですね。間違いないですね。約束ですよ。念入りに確認して自治会長が保全活動に協力することに同意したものである。

〇保全協議会の組織づくり

地元保津町は、保全のための勉強会を開き、アユモドキについて、習性や生態の勉強会を2・3度開いて岩田先生から教示を受けた。町内でも組織をどうするかで、自治会、地元土地改良区、農家組合、農事法人ほづ、保津町農業振興協議会、等各種団体に協力を呼びかけ、密漁パトロール隊編成等、町全体で保全のための連絡網をつくり、亀岡市保津地区アユモドキ保全協議会の前身である組織づくりをした
アユモドキ3

〇密漁の対応にてこずる

アユモドキのいる川に釣り人が絶えない状況で「ここは天然記念物のアユモドキがいるから釣りをしないでくれ、とお願いしても「わしは普通の雑魚を釣ってるんや、文句あるのか」と逆切れされるのが多かった。手の施しようがなく堂々と釣りをされる状況が続いた。

〇保津川漁協にお願いして禁猟区に指定

密漁に対応する効果なく、これは禁猟区に指定してもらうほかないと判断して保津川漁協さんに協力してもらって、現場を見てもらってアユの放流場所でもなく、別段禁猟区にしても影響がないと決断してもらって禁猟区に指定した。釣糸を下げただけでアウトになるこの決定は密漁に対する大きな効果が得られた。農民が近くを通る時にはみんなで見守り監視をしているので怪しい人を見ればすぐ自治会、警察に連絡するシステムを作りあげた。しかし今も、あの手この手で密漁にやってくる件数は年5~6件はあるという。見つけたらすぐに警察に通報すれば5分程度でパトカーが来て事情聴取を受ける。度重なると検挙、そこまで徹底するようになった。

〇当歳魚0、絶滅危機に襲われる。その原因は何や

平成20年、その年生まれの仔魚が1匹も見つからない時が来た。いよいよ絶滅かと思ってしまったことがある。その原因を突き止めるため調べたら、産卵、生息区域に真っ黒になって泳いでいる集団がいくつもあった。何やあれは、ブラックバス(オオクチバス)や、ブルーギルということで、外来魚がアユモドキの仔魚を食害していたことが分かった。
アユモドキ4アユモドキ5

〇外来魚駆除の徹底

外来魚の集団を一網打尽にする方法を考えた。ブラックバス、ブルーギル、これらをどうすれば一網打尽にすることができるかが大きなカギとなった。この周辺で外来魚を残すことはアユモドキの命取り、そこで思い付いたのが昔から地元で行われてきた漁法、川にヤナを張って魚を追い込む方法に決断することにした。竹の加工が上手な中野先生の協力を得て、ヤナ作りに、竹伐り、ヤナ、受け籠づくり、で材料を確保、秋の落水を待つ。9月15日、稲刈りが始まるので田の水を落とすためにファブリダムを下げると同時にヤナを仕掛け、土嚢で魚をヤナへ誘導できるように導く。上流から2枚網で追い込み漁、1枚目の網をかい潜って逃げた魚も2枚目で止められるように、二重の仕掛けでJRから500m位の区域のブラックバスとブルーギルを一網打尽にすることができた。捕れた数は隣接する川と併せて1000匹、大量捕獲だった、なおこの年は上流の溜池も併せて5000匹以上の外来魚を駆除することができた。

翌年平成21年の仔魚の確認は2400匹と一気に数を取り戻した。いかに外来魚がアユモドキを食害していたのかがよくわかる結果となった。それ以来、毎年外来魚駆除をして産卵・生育に効果をあげている。
アユモドキ6

〇魚類学会専門家は果たして保全活動に何をしてきたのか

亀岡のアユモドキが産卵する近くにスタジアムが決定されてから、急に学者らが反対の声をあげてきた。今までたくさんの地域で絶滅してきたのに何も言わず、なぜ亀岡に今その責任を押し付けるのか、というのが地元の声である。学者ら反対しているもので守れるこのなら守ってくれたらよい。地元はいつでも手をひく。保津の農家組合は休耕田の分担はローテーションを組んで毎年地元犠牲が公平になるように順番に交替しながら休耕してきた。しかしアユモドキが産卵行動を起こすためにファブリダムを上げ続けてきたこの水路だけはアユモドキのために水を送り続けてきた経過がある。休耕すれば1反当たり12万~15万円の収入があるのはご承知のとおりであり、ここ以外の地域すべてで保津町みんなが犠牲になってきたことを知るべきである。保津町のまちづくりができない状況になれば、農家は普通の農業をすると言っている。そして犠牲になった分、公平にするために、この水路は5年ほど連続して休耕してもらうことになる。そうなれば5年連続でファブリダムが上がらなくなり、産卵行動を起こさなくなるということだ。昭和52年にアユモドキが天然記念物に指定され30数年間、平成15年に絶滅危惧種に指定されて11年、各地で絶滅しているにも関わらず、何の手立てもすることなく、今となって亀岡にだけその責任を負わせるということはおかしいではないか。それとアユモドキも守れなかったら文化レベルが低いとまで言い切った。これに地元は大変な怒りを持って抗議した。地元は怒っている。どうぞ反対されているあなた方で守ってください、と。文化レベルが低いと発言した学者、川東ほ場整備でタナゴが見つかってほ場整備したためにいなくなったと言われたら困るので専門の先生の指導を仰いでその通り川を作ろうということで指導を仰いで造った。その指導を受けた先生と聞いている。今、タナゴの姿が見られないという。この責任はどう取られるのか。まずこの問題解決してからものを言ってもらえ、というのが地元の保場整備の役員の声。全く信頼できない。学者といえども机上の空論に聞こえる。現場を知る地元の方が何でもよく知っているということか。これからも地元はアユモドキは保全すると言っているではないか、真摯に地元の声に耳を傾けるべきである、というのが地元で保全してきた人の声。
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〇野鳥の会までが反対の声

亀岡市と京都府に野鳥の会からスタジアム反対があった。これに対して、我々保全協議会は抗議文を送れと返した。実はファブリダムが上がった後、取り残されたアユモドキを救出してほとんど捕まえて上流へ放流したが、どうしても2匹だけ石垣の奥に入って捕獲することできなかった。水もファブリダムを超えてきたので危険と見て全員に退去命令が出て全員川から上がって見ていたら、安心したのかアユモドキが出てきたところを待っていたアオサギが飛んできてアユモドキを喰えたまま飛んで行った。あっという間の出来事であったがどうすることもできなかった。するとまたあのアオサギが来てしばらくすると2匹めも捕まえて行ってしまった.すぐさま、野鳥の会に天然記念物を食害する野鳥を何とかしてくれ、の抗議文を送れと言った。それ以来何も言ってこない。
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〇亀岡原産のアユモドキ種魚確保、攻めの保全で多くの仔魚が誕生

地元は、昔からたくさん生息していた他の河川にも2年連続で調査を広げている。一緒にくらしているスジシマドジョウがみつかっており、もっと調査をすれば見つかる可能性が高い川がある。産卵、生息区域を広めていくために、攻めの保全を仕掛けている。今回将来サンクチュアリ、アユモドキの聖域として計画している場所に試験場3か所を設け、ファブリダム立上げた後、取り残さされたアユモドキを試験場に放し、産卵するかのテストを行った。1匹のメスに4匹のオスを放し1か月後の中干しの際に調査して130匹のアユモドキの仔魚を確認、他の試験場の池にも自然に入って産卵孵化して仔魚が数十匹づつ確認できた。専門家会議の学者らは成功する確率は低いと言い切ったが実際は大成功した。岡山から調査に応援してくれた先生も「岡山では3年かかったが亀岡はすごいな」地元の私たちのほうが亀岡のアユモドキのことはよく知っている証となった。平成26年6月に捕獲された成魚、メス4匹とオス3匹は、姫路市立水族館に域外保全事業として「人口繁殖を試みた。なんと2000匹の仔魚が生まれて、志摩マリンランドと岐阜世界淡水魚水族館に分散して今後5年間引き続き、研究、生育、増殖、データ作成を重ねていくとのこと。これらの成果が出たら亀岡の川に戻すことも可能であると学芸員はいう。産卵後の親はすべて亀岡の元の川に戻されている。
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〇生きたアユモドキを知らない市民に公開

人工的に生まれた今年生まれの仔魚は、環境省の許可を得て今年の10月頃に亀岡市の文化資料館や地元で飼育して、いつでも亀岡産のアユモドキが見られるようにする。

 

〇地元民は、自然(アユモドキ)と共生のスタジアムを目指して専門の学者と一緒に約束通りアユモドキの保全に取り組んでいる。

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