西口純生のスポーツ感

小さい頃から勉強はきらいでスポーツが大好きでした。その頃は一般的にソフトボールが盛んになってきた頃で、ほとんど毎日小学校のグランドで遊んでいた。町代表で大会にも出場し小学校4年5年6年と有償したこともあった。亀岡中学校では、なぜか陸上部にあこがれて長距離の練習に明け暮れていた。記録的にも選手的にもまったく伸びず、悪いところばかりで、やんちゃが目立つ3年間だったと思います。先生からも見放されて勉強には見向きもせず、いつか走りによって見返してやる。そんな変な意地だけで日々過ごしていたように思えます。

3年の進路を考える時期になって、担任にお前の厚生施設はラグビーや、スポーツをやれば自ずとルールを学ぶ、中でもラグビーをやれば重い反側から軽い反側まで学び、課せられた罰則によってチ―ムの勝敗に影響する。いかにチームワークが大切かが問われるスポーツで、それを学ぶことによって社会のルールを学べる。ラグビーが嫌なら何でもよいからスポーツをやれ。こう言って進めてくれたのが私のたった一人の恩師だった。

3年間ラグビーに没頭してラグビーに明け暮れていた。決してうまくはなかったが、大きな選手を見るとなぜかタックル一発で倒してやる、と不思議な闘志がメラメラ沸きあがってきたことを思い出す。キャプテンになってからも、俺が行くからついて来い。こんなスタイルで突っ走っていたのでキャプテンシーはかけらもなかっただろうと反省している。

社会人になってからも30歳過ぎまでクラブチ―ムでやってこられたことは自分の人生で意義あるものだったと感じている。己を犠牲にしてボ―ルを活かせ、一人はみんなのために、みんなは一人のために、こんな古いラガ―メンスピリットを誇りに感じていた時代が懐かしい。幸いに今もなお亀岡市ラグビーフットボール協会の顧問として携わっている。

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