西口純生の亀岡ビジョン

亀岡経済の活性化ビジョン

亀岡市は古来より地形的にも京の都に隣接する位置にあり、保津川という流通に適した水の道がありました。平安京の遷都にあっては都の建築資材(木材、屋根瓦など)や生活物資(陶器・穀物・食料など生活用品)の生産、供給の地でもありました。戦国時代に至っては、明徳の乱などにも見られるように都の執権にとっては、搦め手(背後)にあたり戦略の要衝地としても恐れらる存在の地でありました。これら都の歴史・文化のつながりから生まれた伝統文化や生活文化など多彩で豊富な資源の活用が亀岡の経済活性化につなげていく起爆剤にするべきであると考えます。まず基本的な理念として、経済活性化は亀岡市民の福祉向上に寄与することにつながることが原点であり、そのためあらゆる政策の円滑化を図り、所期の目的を達成させることが狙いであります。その政策重点項目として、

1)基幹交通網整備の促進

2)企業誘致大作戦

3)歴史から学ぶ伝統文化の活用

4)にぎわいのあるまちづくり

5)亀岡市の議員定数の問題について

6)ラグビ―ワ―ルドカップ2019日本開催決定

7)桜の楽園・亀岡創造

1)基幹交通網整備の促進

平成24年度に名神高速道路の大山崎インタ―から国道9号線の沓掛まで第二外環状線がつながる予定で今工事が進められています。五条通り(国道9号線)の物集女から東へ地下車道の建設が行なわれています。これも平成24年度の完成予定です。そして京都縦貫道丹波町から北へ残り道路の完成が平成26年度に完成され、京都から丹後地域まで京都縦貫道の高速道路がつながります。平成25年度からは名神から亀岡への道路がつながることによって亀岡は大きく変わります。「亀岡の夜明け」と言っても過言ではありません。それに応えるべく亀岡市内の道路整備を着実に促進しておかねばなりません。保津橋の南進、クニッテル通りの信号までの到達が平成24年度完成予定、それに併せて保津橋から千歳町七谷川のさくら公園までの府道バイパスが同時期完成予定、併せて山陰線沿いの保津踏み切りから篠町馬堀駅まで(市道、北古世西川線1.4km)が、平成24年度完成予定、中矢田篠線も平成24年度には完成の予定で取り組んでいます。国道372号線の湯の花工区も地権者の同意が得られ、今後道路整備が進められることになりました。そして大井町南部区画整理事業も併せて事業展開をして工業団地への企業誘致を狙いとした区画整理が進められています。亀岡駅北区画整理事業も、今事業同意を図りながら本格的に始動されようとする時期となってきました。これらは亀岡の交通基盤整備の根幹であります。これがつながることによって亀岡は大きく様変わりしきます。いよいよ亀岡の夜明けと言っても過言ではありません。未来の子供たちのために必要な道路整備であります。

阪神圏への道路整備

亀岡市の一番の課題は阪神への大型車の通行可能な道路整備が必要で、国道423号のバイパスを含む道路整備による阪神への接続で、一日も早く阪神圏への経済流通強化と雇用促進強化を図る必要があります。これによって京都圏内と阪神圏内を見越した戦略が亀岡にとって不可欠であると考えます。箕面からとどろみまで道路整備が完成し供用開始されました。これにつながる阪神圏から京都縦貫道への接続は亀岡市が大きく変革するための基盤整備になるものであります。まずは最優先で取り組む事業であります。亀岡市の西部地域の活性化にも必要な道路整備であります。

亀岡から京都市北部につなぐ亀岡新丸太町線

私の以前からの基幹交通網整備の構想の中にあります。亀岡新丸太町線(光秀里帰り街道復活)構想でありますが、明智光秀が大津市坂本城と亀山城の二つの領主であったことから亀山城から坂本城への行き来が激しかったといわれ、明智越えから三条を経て大津坂本への道筋をこの新丸太町に置き換えて例えたもので「光秀里がえり街道」と勝手に命名したものです。現在、国道9号線と京都縦貫道が沓掛から丹後に向けて亀岡市を南東から北西に向けて縦断し整備されています。しかし亀岡市にとっては阪神淡路大震災時にたいへんな交通渋滞の混乱ぶりを呈しました。亀岡市から阪神への支援活動は交通が遮断され身動きが取れない状況となって被害を増大し、復旧にも支障をきたした経験があります。もし亀岡に大災害が発生した時のことを考えるには、救援体制は万全なものにしておかねばならないと考えます。さきほどの阪神圏との道路網と京都北部への道路整備は、亀岡を大阪から京都北部へとたすき掛けに整備して、四方から亀岡へとつなぐ道路整備は万全を期すためのものであります。現在の亀岡市内の京都縦貫道、国道9号線は、名神の大山崎インタ―からつながった時の経済効果、緊急車両など救援活動の迅速化、救急患者搬送などを考慮しても必要な道路整備であると思っています。牛松山の下、もしくはどてっ腹を刳り貫いて新丸太町通りにつなぐ。この構想は以前にもあったようですが、京都市側の無関心さと嵐山の風致地区指定問題などで亀岡の声に耳を傾けてもらえなかったという経過があります。現在ではトンネル施工が費用がかからず得策で効率的とあるという声もあり、千代川の京都縦貫道入り口に接続すれば、京都北部から亀岡、南丹市への通勤時間の短縮と丹後方面への道も大幅に時間短縮できる道路となり、亀岡、京都北部を結ぶ幹線道路となって、京都北部の経済活性化に重要な役割を果たす道路となります。この夢は声を大きくしていく必要があり、亀岡のためには、ぜひ実現してほしい基盤整備であります。私の夢の構想のひとつ、実現の道しるべは果たしてどこにあるのか探って行きたいと思っています。

2)企業誘致大作戦

平成24年度は、亀岡市にとって重要な年度となると思います。それはなぜか、名神高速道路大山崎インタ―チェンジから沓掛の京都縦貫道の高速道路や国道9号線(五条通り)につながります。9号線(五条通り)の地下トンネル工事が進められていますが、これも平成24年度に完成します。亀岡市は今、それらの交通網整備の一環として、保津橋の南進、クニッテル通りまで工事完成、保津橋から北進(七谷川さくら公園)まで府道バイパスが完成予定です。そして、さらに亀岡駅から馬堀駅間の南側線路沿いをつなぐ市道北古世西川線の道路整備の完成も平成24年度完成を目指しています。大井町南部区画整理事業も進められておりますし、亀岡駅北の区画整理事業も事業同意がほぼ整い、組合施行による駅北区画整理が進められ、約5年後辺りを目指して、まちづくり計画が進められています。亀岡のまちづくりはどうあるべきか。まずは亀岡経済の活性化と安定した雇用問題解決のために動くべきであります。亀岡への企業誘致、それも優秀な将来性ある企業誘致であります。京都学園大学があっても就職するところが無い。学生がアルバイトする事業所がないということで学生も皆京都にそれを求めている状況があります。大学の存在をぜひ活かすべきであります。亀岡駅北は水害常襲地域でありましたが、近来の桂川河道改修整備も順調に進み、まちづくりができるようになりました。亀岡ならではの一度は住んで見たい住宅ゾ―ンも必要でありますし、亀岡ならではの宿泊施設を含む商業ゾ―ンも必要、またそこには亀岡ならではの癒しのゾ―ンや市民が実感できる文化ゾ―ンも必要であります。京都府域には無い事業の展開、例えばアウトレットモ―ルも駅北に誘致できれば活性化とにぎわいにつながる。京都との距離が20分でつながっている鉄道の利便性は亀岡にとって最大の武器であります。亀岡の将来像、今その議論を高めて子供たちの未来に備えてのまちづくりに取り組んでいかねばならない。まずは亀岡経済の活性化が第一であります。市民の意見も含めて亀岡市第4次総合計画の中に盛り込むべきと考えています。そして企業や事業所が来やすい環境整備が必要と考えます。年限制としても固定資産税の優遇措置、亀岡市民雇用促進事業として雇用補助金制度の充実、企業や事業所内、の保育環境整備の充実により働き易い環境整備づくり、子供を産み育て易い環境づくりのための小児科医院の誘致、産婦人科医院の誘致による子育て対策、これらの土地提供協力も必要であります。亀岡市の土地開発公社保有地の提供、馬堀駅近隣の保有地、国道9号線近隣の土地などの斡旋にも積極的に取り組むべきであると考えます。亀岡に住んで見たい環境づくりがぜひ必要であります。

3)歴史から学ぶ伝統文化の活用

亀岡の祭り文化から

京都、この名を聞いただけで何か京都文化を感ずるものがあるという。その京都から山陰線複線化により時間短縮がなされ20分で行き来ができるようになりました。京都から近い環境にあって亀岡は古くから京文化を取り入れる身近な生活文化がありました。祭りにしてもミニ祇園祭りと言われる秋の亀岡祭りは山鉾が11基建ち並び、宵宮、巡行と伝統文化を育んできた民衆の心意気が、町衆の心の拠り所となって受け継がれています。年々見物客も増えにぎわいを見せていますが、この祭りは地域だけの祭りに止めおくことなく、亀岡祭りとして広く全国に発信することが大事であります。他に保津の火祭り、稗田野神社佐伯灯籠、出雲大神宮花祭り、光秀祭り、犬甘野御田祭、大井神社大祭など各地域で多彩な祭りが行なわれています。

古い神社仏閣から地域の歴史を発信

それぞれの地域に残る神社の謂れ、寺院の歴史、民衆の信仰心、など、地域によって様々です。歴史上の著名な人物がその地域にゆかりがあったりして、新しい発見や地域をよりよく知ることができます。それを守り育んできた地域住民の力を感じるとき、素晴らしいものを感じる時があります。地域なればこその秘められた力は信仰心その表れでしうか。その姿は余りにも美しく輝きを呈しています。

4)にぎわいのあるまちづくり

にぎわいのあるまち、特別大きな観光資源があるわけでもなく、歴史的な建物があるわけでもなし、これといった目にとまる話題もないのになぜ、こんなに多くの人が集まってくるのだろう。他のまちでこんなことを感じた人はいないでしょうか。その魅力のある資源探しが大切であるのです。そこにはちょっとした工夫とアイデアから生まれる発想が凝らされているところがあります。ある資源の活かし方、無い資源の作り方、足を運ばせるだけの魅力を感じさせる技術、人は今何を求めているかの洞察力、文化人の作品から人を呼ぶ、いっぺん行ってみよう。そんな仕掛けが亀岡には無いのでしょうか。探せば見つかる、仕掛け方がわからないのかも。無いものねだりからあるもの探し。亀岡をもっともっと歩いてみよう。ひょっとしたらあなたのそばに大きな発見が。

円山応挙の作品展示場所づくりからにぎわいを

一昨年の秋だったと思いますが、京都国立博物館で狩野永徳国宝展が開催されました。私も家内とぜひ見てみたいと思って行きましたが、3時間待ちで時間の関係上見ることができずに帰ってきました。また別の日に足を運びましたが、この日も3時間待ちということでした。あの勇壮で繊細な描写の作風を多くの人が感動した国宝展であったと思います。全国からこられる人々は一様にこの国宝級の絵画を見に来るためにわざわざ京都へ来られたといわれています。行列のできる作品があるからこそ熱心なファンは全国から集まってくるのです。亀岡市には幸いにして行列できる美術展を開催できる先人がおられます。それが円山応挙です。応挙の作品は言わずとも知れ、国宝となっているものが多く残されています。国立博物館には54面の襖絵をはじめ全国各地で書き残されています。でも残念なことに市民の多くの人が見ることができません。また亀岡市にその国宝級の作品を展示できる場所がありません。常に多くの市民に見てもらえる場所が必要であります。現在の亀岡市立文化資料館は、手狭で交通の便が悪く、施設事態も空調設備も悪く、管理、保管に適したものではなく廊下に溢れて保管している状況はとても資料館とはほど遠いものであります。建て替えの際には、ぜひ、亀岡駅北の区画整理の中に文化ゾ―ンを指定して、そこに新たな市民向けの資料館と博物館に相応しい施設を併設していただきたいと思います。この資料館は美術品を管理、保管、展示できる博物館を兼ね備え、国宝級の作品でも十分管理できる施設として創るべきと思います。そして自然豊かな山々を借景に、駅北はJR亀岡駅により近い場所という立地条件で多くの市民の皆さんに文化を勤しむ心を養っていただく場であり、駅のそばは全国から来ていただくことも訪れやすい環境にあります。またこの資料館建設にあたっては、京都府との連携で、京都中部地区には無い京都府立中部郷土資料館とも併設できるような働きかけをして、府市一体となった資金管理も含めた協力を得て、京都中部地区の郷土文化財保護施設として、府民や市民、また全国の人々から足を運んでもらえる施設をぜひ亀岡でお願いしたいものであります。その一角には亀岡が生んだ石門心学の祖、石田梅岩先生の塾、記念館、天然記念物のアユモドキを中心とした保津川水系淡水魚水族館、などの施設の併設展示もできるような壮大な文化ゾ―ンの資料館建設を実現したいと願っています。これによって亀岡の賑わいを図ろうとするものであります。また、現在の若者たちに円山応挙の作風を受け継ぎ、亀岡から「平成の円山応挙」を目指して、絵画美術の国宝級の極みの域に達するような人材を育成し、夢ある挑戦をしてくれる後輩が出てきてほしいものであります。

保津川の世界遺産登録を目指して

亀岡市のど真ん中を流れる本流は桂川、俗にいう保津川、保津川は災害という大きな試練を与えてきた川であるとともに、大きな恵みを与えてくれた母なる川でもあります。保津川の初見は932年に朱雀天皇(すじゃくてんのう)の大嘗会(だいじょうえ)の際に詠われた歌の中に「ほつかわの 水をまかせて うへし田の ちまたのいねは つきとつきせず」が、丹波国風俗和歌稲春集の中に記載されており、文献による保津川の初見といわれています。稲春歌は大嘗会の一首で、抜き穂を神に供えるための穂を撞く際に詠われるものでもので、本来、この歌は呪歌であることから保津の保を稲穂の穂にかけて、それが永久の稔りを予祝して、ひいては御代の常しえを祈念する掛け歌となっています。歴史的な保津川の初見のうんちくはこの程度にして、保津川の素晴らしさを世界に紹介することによって亀岡のにぎわいを創出しょうという狙いがあります。手つかずの自然景観での世界遺産登録は無理であるということはご承知の通りであります。400年前に角倉了以によって保津川は開削され岩を崩し、流れを変えて手が加えられています。世界遺産として可能性があるのは文化的景観の登録を推し進めていこうとするものであります。400年以上にわたり船を下し物資の輸送に川の道として都の生活文化を支えてきた保津川と船頭の保津川文化、船を操り荷船として川の流れを守り、船を人の力で引き揚げる綱道の保管、船の安全航路確保のための川作は現在の観光船にも受け継がれています。その技術や木造船復元による綱道再現の記録を映像に収め、資料提供したところ、国の文化庁の担当者は、文化的景観に等しい史跡と絶賛されています。平成22年度は国の補助を受けてさらに400年目に構築された水寄せなどの史跡の調査を行い、世界遺産への布石の前段階として、まずは国の文化的景観の指定を受けようとするものであります。この指定を受けるということはこの保津川の峡谷を見るためには、亀岡に足を踏み入れなくては見られないことであり、一層観光客の誘客につながるものと確信しています。いずれ世界遺産に登録されるようなことになれば、それだけで格付けができます。一躍亀岡の長世界に知れ渡ることになります。保津川下りは大正時代に英国皇太子をはじめ欧州の王室関係者から、1に富士山、2に保津川下りと言わしめさせました。この世界の保津川は保津川下りとして今に伝承されており、外国人の目から見て本物であったことが確認できたのであります。再度その挑戦をして確たるものにしていくのが私たちの果たすべく役割です。

5)亀岡市の議員定数の問題について

私が初当選した時の13期議員の会派構成は、現在の府議会議員、桂川孝裕、石野善司、隅田盛和、田中義雄、西口純生の5人で亀岡創生会議という会派を結成しました。古株はともかく新鮮な議員の集団で積極的に政策立案して提言し議会改革を推し進めてきました。政務調査費の1円からの全額領収書の添付(当たり前のこと)、費用弁償廃止(報酬を貰いながら会議に出席すれば1日2400円別途支給されていた。手当ての二重取りとして、これも廃止)(当たり前のこと)。審議会出席費用1日10000円支給、これも二重取りとして廃止。会議に出席するのは議員報酬の中の行為、当たり前のこと。この当たり前のことができていなかったのです。これまでの歴代議員は誰も言わなかった。貰えるものは貰っとけ、この如何わしい精神が議員誰しも持っていた証しであります。きっぱりと「ノ―」と言える人がいなかったということであります。年季を積んだ議員はいい返事でなかったが我ら新人議員の声の大きさに屈した感じ。やっと13期の中で廃止といたしました。この提案は議員自ら襟を正せ、というもとで、亀岡市の財政健全化計画の中で、特別職、職員給与削減、職員数も5年間で6%削減という厳しい健全化施策の状況を踏まえて、議員だけがノウノウとしているのはいかがなものか。議員自らその姿勢を正すべきであるというのがわれわれの主張でした。議決にこぎつけたのは、新人なればこそ、恐いもの知らずのやる気の勝利であったと顧みることができます。議員定数削減に至っては、13期最終年度、特別委員会を設置して定数問題に議論の場を持つことになりましたが、共産党は反対、市民の声が反映できないとの理由でした。他の議員でも反対するのは次の選挙で自分が厳しい選挙戦の状況にある議員は反対の意を示していました。賛否議論の中、定数削減はせず現状のまま28人と委員会議決されました。法定上限数は亀岡市は5万から10万人の人口の枠内で、9万5千人、法定上限数は30人となっています。全国的に減数されている中で亀岡市は2人減の28人の定数でした。同じ条件下の全国他都市の平均状況は減員率19.2%(約2割減)であります。亀岡市の状況を数値で表すならば24人が全国平均値であります。われわれは4人削減が無理ならせめて二人でも削減をして亀岡市の財政健全化計画に協力するべきとの結論に達していました。議員一人当たりの経費を調べてみると、平成21年度予算ベ―スとして議員報酬、政務調査費、その他、合わせると1年間で1人820万5389円、2人で1641万0778円、議員一人当たり4年間で3282万1556円、2人で6564万3112円になります。これらを踏まえて財政健全化と議員定数のあり方を考える必要があります。特別委員会でも否決されましたが、地方自治法に則って3人以上の発議者があれば議案提案できる条項を運用して秘策中の秘策、4人削減の定数24人減を9月議会最終日に提案すると議会運営委員会に上程しました。各会派とも驚き、特別委員会でその案件については否決されたのに同じ定数削減議案を出すのおかしいではないか、ル―ル違反だとか、議会軽視だとか言われました。我々も恐らく反発はあるだろう。自分たちの意にそぐわなかったら反発する.このことは想定内でありました。これは準備の都合もあって最終9月議会で提案することも最初から計画通りで、4か月後の来年の1月は市議会選挙が控えている時期でした。この次期でないと賛同はもらえない。議場では起立の採決方法です。だれが賛成して誰が反対したかは明白になります。市民の目が注目しています。定数削減に反対すれば自分の選挙に影響が出ることはすべての議員がわかっていました。

各会派から4人削減はきつい。2人ぐらいでまとめられないか。との打診の提案が幹事長を通じてありました。会派で検討した結果、最終的には2人でもという最終結論となっていましたので2人削減で了承ということになり、定数26人案で多数をもって決着を見たのであります。現在も定数削減については議論の場をという議員もおりますが、議会運営の状況を見るとこれ以上の削減は議会運営上支障が出るのではとの懸念もあり、平成22年4月30日の全員協議会でも議員定数については現状のまま26人ということになりました。今の議員の賛否数を考慮しても議員定数削減は難しい状況にあります。また次期の議員体制の中で議論を高め、市民の声も反映させ検討していくべき状況であるのかなと思っています。これについては皆さんのご意見を頂戴したいと思います。基本的な私の考えは全国平均に値する法定上限数30人から2割減の24名が妥当と考えています。せめて全国平均レベルの24人に。

6)ラグビ―ワ―ルドカップ2019日本開催決定

世界から合宿地に亀岡へ誘致

2019年に世界三大イベントの一つ、ラグビ―ワ―ルドカップが日本で開催されることが決定されました。ラグビ―ファンとすれば待ち遠しかった夢の競演の決定であります。私は亀岡高校ラグビ―部OBであり、社会人のクラブチ―ムでもラグビ―に没頭してきた人間であります。だんだんとラグビ―人口が少なくなってきているこの時期にワ―ルドカップ日本開催決定の報に思わず「やった」と拳を握り締めた人間の一人であります。亀岡の運動公園は京都国体の際に高校ラグビ―の会場として使用された経過があり、ラグビ―会場運営の経験者であります。ぜひ、この亀岡に2019年のワ―ルドカップの合宿所に誘致を実現したいものであります。世界の最高レベルの国が競うワ―ルドカップの大会前の調整にこの亀岡を選んでいただきたい。そのアピ―ルを今から準備をしていく必要があります。そしてその準備を整えるために何をやるべきかを健闘し必要な環境づくりに取り組むべきと思います。もしも亀岡を合宿所に来てくれたならその経済効果は計り知れないものがあります。これから始る保津川の河川敷を利用したかわまちづくりの中に、ぜひ芝生グランドの設置や運動公園を広大な面積の中に取り入れる思案も含め、先を見越したかわまちづくりの構築にしていかねばなりません。2019年、あと9年は長いようで短いものであります。日本代表選手の健闘を祈るのは当然のことですが、大会に備え亀岡に来てくれた国に応援することはまた新しい外国親善の起爆剤につながります。一番の希望としては亀岡市と姉妹都市を結んでくれている中国、米国、ブラジル、オ―ストリアなどの国々が、ぜひワ―ルドカップ出場権を勝ち取り、亀岡へ来て貰うことが何よりですが、どの国であろうとも最大級の亀岡流のもてなしで亀岡を売り込もうではありませんか。ぜひ、亀岡にワ―ルドカップの合宿所に選んでいただけるように綿密な作戦を練って仕掛けをしていきたいと思います。ご支援、ご協力ください。

7)桜の楽園・亀岡創造

今、亀岡市の千歳町にある七谷川の桜公園は有名でありますが、果たして、この規模だけでいいのかなと思う部分があります。もっと桜があっていいのではないか。やわらぎの道を河原林町の古川までぜひ続けるべきであります。今年は、水害の無いまちづくりのために、保津橋より下流の山本まで約2.3kmに及ぶ、保津川河道改修工事が5年計画の最終年を迎え、ほぼ完成する予定です。この際に、保津川の沿線堤防に桜並木をつくるように要望しています。京都府との整備の中で築堤の外側にぜひ幅4m程度の植樹帯をつくってそこに桜を植えていく。亀岡市も予算状況がたいへん厳しい状況であります。築堤と植樹帯までの工事は京都府にお願いして、植樹だけは亀岡市で何とか手法を考えて桜を植えていく。この案については、私は3年前から言い続けて、市長への要望を続けてきました。市長も是非実現したいと応えられました。次年度からその取り組みを進めていく予定になっています。それらを想定内において、保津町の自治会は保津橋のたもと左岸にある八の坪地域を「保津川すいたん農園」の構想を作り上げ、かわまちづくりを進めていこうとしています。まずは保津橋下流の左岸堤防に、保津橋から下浜までの700mの間を桜並木にすることが決定されました。保津町の玄関口を桜の楽園にしょうとする計画です。それはいずれ下流の山本までつながり、さらには保津橋上流の保津川支流、七谷川の桜並木につなげる構想であります。これがほぼ実現の方向に固まってまいりました。宇津根橋下流左岸に亀岡商工会議所の千本桜構想の一環で、オ―ナ―制度の募集で、すでに100本程度の桜が植えられています。私自身もオ―ナ―になっています。こうして市民の皆さんの協力を得て早期に実現したいものです。桜でつなぐ心の楽園亀岡は、市民の憩いの場として、癒しの場として、他市からの誘客を生み出す資源のひとつとして実現させます。また、年谷川の堤防に植えられていた三本松の復活も合わせて実現するべきであります。この千本松は明智光秀が東端の城域を示すのに黒松を植えたという歴史的な松林であり、江戸時代の亀山藩士であり俳人でもあった、軽森野楊(かるもりやよう)は雲海(霧の中)に浮ぶ天橋立、野にある橋立、野橋立てと呼んでその風情を歌に楽しんだという千本松、松林に浮かぶ中秋の名月は写真部門でも大賞を受けるなど、それぞれの民衆の心を癒してくれた千本松の復活。これも合わせて実現したいと思います。その第一歩として、保津町は水車の見える700mの桜並木づくりを平成23年2月頃(根付きの良い時期)に植樹をすることに決定しました。桜は春、秋の紅葉スポットが少ない亀岡であります。もみじの植樹で紅葉スポットもどうかという声もあります。桜・もみじの混植にするのか只今検討中でもあります。これがきっかけで一層気運が高まっていく方向に進むことを期待しています。

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nishiguchihozu について

亀岡市議会議員
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西口純生の亀岡ビジョン への1件のフィードバック

  1. すだちゃん より:

    ふるさと亀岡を愛する西口さん。今後の活躍を期待しています。

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